世界初の大西洋横断電話海底ケーブル「TAT-1」が開通(9月25日)

1956年9月25日、世界初の大西洋横断電話海底ケーブル「TAT-1」が正式に開通しました。ニューヨーク、オタワ、ロンドンを結んだ開通式では、3都市をつないだ電話会談が行われています。それまで大西洋を越える電話は主に無線に頼っており、回線数も限られ、天候や電波状況の影響も受けました。TAT-1は36回線を備え、このうち29回線がロンドンとニューヨークの間に割り当てられました。現在の感覚からすれば驚くほど小さな容量ですが、当時としては画期的でした。実際、開通直後には、数時間待つつもりだったニューヨークの商人が、わずか10分ほどで英国との電話につながったという記録も残っています。大西洋という巨大な距離が、突然「声の届く距離」に変わった日だったのです。
この出来事が重要なのは、単に遠くの人と話せるようになったからではありません。経済活動にとって、情報が伝わるまでの時間はそのままコストになります。商品の価格を確認する、契約条件を相談する、企業の状況を伝える――こうしたやり取りが速くなれば、取引の意思決定も速くなります。19世紀の海底電信、20世紀の電話ケーブル、その後の通信衛星、光ファイバー、インターネットへと技術は進歩し、世界の市場は徐々に「同じ時間」を共有するようになっていきました。かつて海外市場の情報は翌日の新聞で知るものでしたが、現在では米国で発表された経済指標を東京の投資家がほぼ瞬時に確認できます。情報通信の進歩は、世界を物理的に小さくしたというより、「情報の時間差」を縮めてきた歴史ともいえます。
金融市場では、その変化がとりわけ鮮明です。現在では企業決算や中央銀行の声明、経済統計が公表された瞬間に、株式、債券、為替が動きます。さらに高速取引の世界では、投資家は秒ではなくミリ秒単位の通信速度を競っています。そのため現在も、ニューヨーク、ロンドン、東京など主要金融都市を結ぶ海底光ケーブルは、金融市場を支える重要なインフラです。ところが、情報が速くなれば必ず投資判断が良くなるとは限りません。むしろ市場参加者全員が同じニュースを瞬時に知るようになった結果、「情報を知っていること」そのものの価値は小さくなりました。重要なのは、情報を誰より早く手に入れることから、その情報をどう解釈するかへと移ってきたのです。
かつて人類が解決しようとしていた問題は、「遠くの情報をどう届けるか」でした。ところが現在では、スマートフォンを開けば世界中のニュースがほぼ同時に流れ込んできます。私たちが直面しているのは、情報が足りない問題ではなく、むしろ情報が多すぎる問題です。現在の投資家に必要なのは、「TAT-1」時代の何百万倍もの情報の中から、本当に意味のあるものを選び出すことになりました。さらにAIがポイントをまとめてくれ、時間が節約できるように見えても、逆に一人一人が見なければいけない情報の幅が飛躍的に広がり、人間の認識能力が拡大しないと競争についていけないようになりました。通信技術に加え、情報の咀嚼までもインフラが究極の速さでやってくれる時代になっても、人間側にとって、最後に価値を持つのは「速さ」ではなく、「情報の正しい認識」と「考える時間」なのです。

「あぁ、刻が見える」と言ってみたいです。