コンピュータマウスを作ったIT概念の先駆者:エンゲルバート
1月30日は、ダグラス・エンゲルバートの誕生日
現代の私たちは、マウスを動かし、画面をクリックし、文書を編集し、リンクを辿るという行為をごく自然に行っています。しかし、その基本的な操作体系が、たった一人の開発思想に基づいて設計されたものであることを、どれほど意識しているでしょうか。この、人間の知的能力を拡張するためのコンピュータ操作をデザインした中心人物が、情報技術の歴史における最重要人物の一人である、ダグラス・エンゲルバートです。彼は1925年1月30日に生まれたアメリカの技術者/発明家であり、コンピュータサイエンスの多くの分野における先駆者でした。
第二次世界大戦後、科学技術や社会制度が急速に高度化し、人類は自らが生み出した複雑性に対応できず、押しつぶされつつありました。エンゲルバートは、「人間はどうすれば、複雑化する問題に対処できる知的能力を獲得できるか」という哲学的でありながら切迫した問題意識を持って研究を行いました。彼は、この問題を解決する手段としてコンピュータを活用しようとしましたが、その役割を単なる「自動計算機」ではなく、「人間の思考を支援・拡張するための道具」として見ていました。この発想のもとで生まれたのが、マウス、ウィンドウ、リアルタイム共同編集、ハイパーテキスト(画面上での相互リンク構造)といった、人間がコンピュータを活用するためのデザイン要素です。

これらの技術が最初に実演されたのは、1968年にサンフランシスコで行われた伝説的な公開デモンストレーションでのことでした。エンゲルバートは当時としては信じがたいコンピュータ操作環境――画面上の文書編集、マウス操作、リンクによる情報参照、遠隔地との協調作業――を実演し、「コンピュータは人間の知を拡張する環境になりうる」ことを示しました。これは、後のパーソナルコンピュータ、インターネット、クラウド協働の原型そのものでした。
しかし、より重要なのは、エンゲルバートがこれらのコンセプトを「便利な機能」としてではなく、「知的作業の構造改革」として捉えていた点です。情報を線形に読むだけでなく、関連づけ、再構成し、他者と共有しながら思考を進める。そのための道具として、画面、ポインティングデバイス、リンク構造が必要だったのです。彼の視線は常に「人間がどう考えるか」「どう協働するか」に向けられていました。
しかし、当時のエンゲルバートの勤務先であるSRIでは、彼の発明の重要性を正しく理解していませんでした。彼は1967年に今のマウスに相当するポインティングデバイスに関する特許を申請し、1970年に取得しました。(なお、マウスという名前は、尻尾が端から出ていることからつけられたニックネームです。)しかし、雇用者であるSRIはマウスの特許を取得しましたがその価値を全く理解しておらず、数年後には、SRIがアップルコンピュータに4万ドル程度でライセンス供与していたことが判明しました。

その後のマッキントッシュ・コンピュータの爆発的な売れ行きを支えた多くの概念は、エンゲルバートが提唱したものでしたが、彼はアップルから1ドルの特許料も受け取ることはありませんでした。